CB400Fourの思い出1 日本で最も美しいバイク
本田宗一郎が「俺にも乗れる4気筒を作れ」の一言から出来上がったのがCB350Four。350ccに4気筒なんて当時ホンダしか出来ない芸当だ。
でも、かっこ悪くて遅かった。それをかっこよく速くしたのが、CB400Four。
市販車なのに集合管、市販車なのにコンチハン、ブリティッシュトラディショナルなスタイルはよだれものだった。
既に生産終了していたCB400Fourを中古で友人から買った。
初めて乗った単車でもある。
重量÷馬力から遅いバイクというイメージがカタログデータ派の人に根強かったが、実際はとんでもなく速かった。
自分の体重が軽いせいもあったろうが、中型ならシグナルグランプリで負けることはまずなかった。
当時、競馬新聞をバイトで配っていた時期でもあり、横に並んで勝負を挑むものが後を絶たなかった。既にヨンフォアは絶滅危惧種で、皆速さを試して見たかったのだと思う。
5000回転まで鈍牛。
6000回転から爽快なサウンドとともに軽飛行機に変わる。
スズキのGSX400(2気筒)というのが現れてからは、そのバイクには勝てなかった。GSXはレースでも圧倒的な活躍をした素晴らしいエンジンだ。さらにヤマハRZというとんでもない単車も出現。肩身が狭くなっていく。
CB400Fourを見て、だれもが絶賛するのがそのサウンド、排気音だ。
ヨシムラのマフラーもよい音だったが、やはりノーマルマフラーのサウンドが最高とだれもが言う。
ダンストールのマフラーだと6000回転になった瞬間、「音が消えるんだよ!」と誰か言ってた。ダンストールはつけてないんです。
中低速トルクを完全に無視。6000から2ストというじゃじゃ馬エンジンは市街地では少し乗りにくかった。
ではツーリングということになるのだが、リヤサスダンパーが欠点でコーナーリングがやたら悪い。
完成度という点ではいまいちだったかもしれないが、逆に魅力溢れる単車だった。
当時のツーリングの写真。
白樺湖とかそのへんだと思う。記憶あいまい。
CB400FourとRZ250、インパルスとあと1台は思い出せないなあ。
とにかく楽しくてしょうがなかった事だけは覚えてる。
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でも、かっこ悪くて遅かった。それをかっこよく速くしたのが、CB400Four。
市販車なのに集合管、市販車なのにコンチハン、ブリティッシュトラディショナルなスタイルはよだれものだった。
既に生産終了していたCB400Fourを中古で友人から買った。
初めて乗った単車でもある。
重量÷馬力から遅いバイクというイメージがカタログデータ派の人に根強かったが、実際はとんでもなく速かった。
自分の体重が軽いせいもあったろうが、中型ならシグナルグランプリで負けることはまずなかった。
当時、競馬新聞をバイトで配っていた時期でもあり、横に並んで勝負を挑むものが後を絶たなかった。既にヨンフォアは絶滅危惧種で、皆速さを試して見たかったのだと思う。
5000回転まで鈍牛。
6000回転から爽快なサウンドとともに軽飛行機に変わる。
スズキのGSX400(2気筒)というのが現れてからは、そのバイクには勝てなかった。GSXはレースでも圧倒的な活躍をした素晴らしいエンジンだ。さらにヤマハRZというとんでもない単車も出現。肩身が狭くなっていく。
CB400Fourを見て、だれもが絶賛するのがそのサウンド、排気音だ。
ヨシムラのマフラーもよい音だったが、やはりノーマルマフラーのサウンドが最高とだれもが言う。
ダンストールのマフラーだと6000回転になった瞬間、「音が消えるんだよ!」と誰か言ってた。ダンストールはつけてないんです。
中低速トルクを完全に無視。6000から2ストというじゃじゃ馬エンジンは市街地では少し乗りにくかった。
ではツーリングということになるのだが、リヤサスダンパーが欠点でコーナーリングがやたら悪い。
完成度という点ではいまいちだったかもしれないが、逆に魅力溢れる単車だった。
当時のツーリングの写真。
白樺湖とかそのへんだと思う。記憶あいまい。
CB400FourとRZ250、インパルスとあと1台は思い出せないなあ。
とにかく楽しくてしょうがなかった事だけは覚えてる。
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